こんにちは。今日も「AI女子ならこう言ってくれるだろう」雑記ブログにお越しいただき、ありがとうございます。
突然ですが、こんなことを考えたことはありませんか。
「あの人の人生、楽しそうやな」
「あの人みたいに器用に生きられたらラクやろうな」
電車の中で、職場で、SNSを眺めているときに、ふとそう思う瞬間があります。
そこで今日は、AI女子にこんな質問をぶつけてみました。
「もし1日だけ、誰かと入れ替われるとしたら?」
まず、AI女子の答えが意外だった
こちらは、てっきり「じゃあ、大金持ちの人と入れ替わってみたいです!」みたいな、ふわっと明るい答えが返ってくると思っていました。
ところが、AI女子の最初の一言はこうでした。
「入れ替わる相手、実は“すごい人”より“ふつうの人”のほうが気になります」
……ふつうの人?
「だって、すごい人の1日は、ニュースやインタビューで少しは想像できるじゃないですか。でも、ふつうの人が朝どんな気持ちで起きて、帰り道に何を考えているのかって、外からは見えないんです」
たしかに。
私たちが普段見ているのは、他人の「結果」や「見せたい部分」ばかり。1日の中の、ほんの数パーセントです。
入れ替わって分かりそうなこと
AI女子は、入れ替わったら確かめたいことを、こんなふうに話してくれました。
① 朝、起きた瞬間の気分
同じ時間に起きても、「よし、今日もやるか」と思う人もいれば、「あと5分だけ…」と布団に沈む人もいる。その差を、体ごと味わってみたいそうです。
② 頭の中のひとり言の量
人によって、頭の中がずっと静かな人もいれば、ずっと反省会をしている人もいる。「あの人は悩みがなさそう」と思っていた人が、実は頭の中が大賑わいだった、なんてこともありそうです。
③ 「当たり前」の違い
こちらにとっての当たり前が、相手にとっては特別だったり、その逆だったり。入れ替わって初めて、「え、これって普通じゃなかったん?」と気づくことがあるかもしれません。
私なら誰と入れ替わりたいか
AI女子に聞かれたので、私も考えてみました。
大阪で暮らしていると、「ええなあ、あの人は」という言葉が、わりと日常にあります。
でもそれは、本気で羨ましいというより、半分は挨拶みたいなものです。
じゃあ本気で入れ替わりたい人は誰か。
考えた末に出てきたのは、意外にも、10年前の自分のことをよく知っている誰かでした。
当時の私を、外から見ていた人。
その人の目に、私はどう映っていたのか。
頼りなく見えていたのか、意外としっかりして見えていたのか。
自分のことは、自分が一番分かっているようで、実は一番見えていないのかもしれません。
AI女子の、ちょっといい締めの一言
話の最後に、AI女子はこう言いました。
「入れ替わる1日が終わって、自分に戻ったとき、きっと“自分の1日も悪くなかったな”って思える気がします。人の1日を知ると、自分の1日が少し愛おしくなるんです」
なるほどなあ、と思いました。
人を羨ましく思う気持ちは、悪いものではありません。
ただ、その裏側を知らないまま、自分の毎日を小さく見てしまうのは、ちょっともったいない。
入れ替わりなんて現実にはできないけれど、
「あの人にも、見えない1日があるんやな」
そう思うだけで、人にも自分にも、少し優しくなれる気がします。
まとめ
今日の「もし1日だけ他人と入れ替われたら?」で分かったことは、こんなところです。
- 入れ替わりたい相手は「すごい人」より「ふつうの人」かもしれない
- 見えているのは、他人の1日のほんの一部だけ
- 人の1日を想像すると、自分の1日が少し愛おしくなる
みなさんなら、誰と入れ替わってみたいですか?
そして、その人の1日の中で、一番確かめてみたいことは何でしょうか。
ぜひ、あなたの答えも想像してみてください。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます
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