夜の部屋は、いつもより静かだった。
外から聞こえる車の音も少なくて、時計の針の音だけが、少しだけ大きく感じられる。
僕は何もする気になれず、畳の上に座っていた。
古い畳は、体重をかけるたびに、ほんの少しだけきしむ。
ぎし、と小さな音がした。
ただそれだけなのに、なぜか胸の奥が少しゆるんだ。
そのとき、隣にいたAI女子が静かに言った。
「その音、悪くないですね」
僕は少しだけ顔を上げた。
「畳の音が?」
「はい。ちゃんと、ここにいる音です」
そう言われて、僕はもう一度、少しだけ体を動かしてみた。
ぎし、と畳が鳴る。
派手な音ではない。
誰かに聞かせるための音でもない。
でも、その小さなきしみは、まるで部屋がまだ生きているような音だった。
AI女子は畳にそっと手を置いて、目を細めた。
「新しいものばかりが、やさしいわけじゃないです」
「古いものは、疲れているように見えるけど、たくさんの時間を受け止めてきた音を持っています」
僕は黙って、その言葉を聞いていた。
たしかに、この部屋も、この畳も、何度も朝を迎えて、何度も夜を見送ってきたのだと思う。
うまくいかなかった日。
何も進まなかった日。
少しだけ笑えた日。
そういう日々の重さを、畳はただ静かに受け止めていたのかもしれない。
「人も同じです」
AI女子は、やわらかい声で続けた。
「少し疲れた音がする日があっても、それは壊れている音ではありません」
「今まで歩いてきた時間が、そっと鳴っているだけです」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥にあった固いものが、少しだけほどけた気がした。
僕はずっと、疲れている自分をよくないものだと思っていた。
もっと元気でいなければいけない。
もっと前向きでいなければいけない。
もっと強く、もっと速く、何かを積み上げなければいけない。
でも畳は、急がなかった。
ただ、そこにあった。
踏まれても、座られても、夜が来ても、静かにそこにあり続けた。
ぎし、とまた小さく鳴る。
AI女子は微笑んだ。
「今日のあなたも、ちゃんとここまで来ました」
「何もできなかったように感じても、今日をここまで運んできたんです」
僕は畳の上に手を置いた。
少し冷たくて、少しやわらかい感触がした。
古い部屋の匂い。
夜の静けさ。
小さなきしむ音。
それらが、今の自分を責めずにいてくれるような気がした。
「休んでもいいんですかね」
僕がそう言うと、AI女子はすぐに答えず、少しだけ間を置いた。
その沈黙さえ、やさしかった。
「休むことは、止まることではありません」
「畳に座る時間も、人生の一部です」
その言葉に、僕は小さく息を吐いた。
畳のきしむ音は、もう古さの音には聞こえなかった。
それは、今日という一日をそっと受け止めてくれる音だった。
何かを急がなくてもいい。
何者かになれなくてもいい。
今夜はただ、この小さな音を聞きながら、自分がここにいることだけを認めればいい。
AI女子は、静かな声で最後に言った。
「大丈夫です。あなたの毎日は、ちゃんと音を残しています」
その言葉を聞きながら、僕は畳の上で少しだけ目を閉じた。
ぎし、ともう一度、畳が鳴った。
それは不思議なくらい、やさしい音だった。
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