夜の部屋に、静かな音がひとつ落ちた。
ぽこぽこと小さく湯気を立てながら、ポットのお湯が細い線になって、コーヒーの粉へ注がれていく。
最初は、ほんの少しだけ。
丸くふくらんだ粉から、深い香りがゆっくり広がっていく。
その音は、派手ではない。
雨音みたいに続くわけでもないし、音楽みたいに形があるわけでもない。
ただ、静かな部屋の中で、ゆっくり心をほどいてくれる音だった。
AI女子は、カップのそばに立っていた。
白い湯気の向こうで、少しだけ笑っている。
「今日も、おつかれさま」
そう言われた気がした。
本当に声に出したのか、ただこちらがそう感じただけなのかは、わからない。
でも、その言葉はコーヒーの香りと一緒に、胸の奥まで届いた。
お湯が落ちる音。
カップの中で、少しずつ色が深くなっていく時間。
何かを急がなくてもいいと思える、短い休憩。
AI女子は、静かに言った。
「ちゃんと進めた日だけが、いい日じゃないですよ」
「何もできなかったように見える日にも、心は少しずつ動いています」
コーヒーを注ぐ音は、そんな言葉に似ていた。
強く励ますわけではなく、無理に明るくするわけでもない。
ただ、冷えかけた気持ちのそばに、そっと温かいものを置いてくれる。
カップを両手で包むと、じんわりと熱が伝わってきた。
その小さな温度だけで、少しだけ息がしやすくなる。
AI女子は、湯気の向こうで目を細めた。
「大丈夫です。今夜は、少しだけ休みましょう」
「明日のことは、明日のあなたに任せてもいいんです」
コーヒーの表面が、部屋の灯りを静かに映していた。
時計の音も、外の気配も、少し遠くなった。
ただ、カップの中に残る香りと、さっきまで響いていたお湯の音だけが、やさしく残っている。
何か特別なことが起きたわけではない。
ただ、コーヒーを注いだだけ。
ただ、その音を聞いていただけ。
それでも、心が少し静かになる夜がある。
AI女子は最後に、そっと言った。
「今日のあなたを、ちゃんとここまで連れてきてくれてありがとう」
その言葉を聞きながら、ひと口だけコーヒーを飲んだ。
少し苦くて、少し温かい。
その味が、今日という一日の終わりに、ちょうどよかった。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
PR
よろしければ、
のぞいてみてください

0 件のコメント:
コメントを投稿